民主主義の機械

実際には、憲法には明文化されていない非公式の制度と活動の支えにより、アメリカの一般参加型の政治制度が可能になっています。州と国内の政党、指名と批准の規約、そして熾烈で複雑な選挙戦は、アメリカが採択した、憲法の理想を実現し形作る非公式のプロセスといえます。

この展示物のうち最も古いものは、1789年のジョージ・ワシントンの初代大統領就任式を記念するものです。洋服ボタンや裁縫箱、陶器などの記念品は、のちには積極的な活動や関与を称賛するためのバッジやボタン、リボンなどの選挙戦の宣伝ノベルティに取って代わられました。20世紀半ばには、バッジやボタン、リボンから、ラジオやテレビの広告と世論調査へと資金投入の対象が移行しました。

開拓者の民主主義

開拓者の民主主義

1830年代に白人男性の参政権が拡大した結果、誰もが理解できる、また共感できるシンボルとして、手斧、斧、丸太小屋を取り入れた政治的イメージの戦略が打ち出されました。このようなシンボルを専有的に使用して、目配せと頷きだけでアメリカ開拓者の荒削りな価値を普遍的に受け入れてきた、対立する候補者や党員の困難で物議をかもす態度をその下に隠すようになりました。

デイビー・クロケットの記念の手斧、1835年

政治的象徴としての斧の使用は、連邦議会議員デイビー・クロケット(1786~1836年)の時代にさかのぼります。フィラデルフィア青年ホイッグ同盟(Young Men’s Whig Association of Philadelphia)は、1935年、クロケット議員にこの銀とマホガニー、象牙製でできた記念の手斧を贈呈しました。斧の片面に「クロケット(Crockett)」と彫られています。反対側の面には、彼のモットー「前進せよ(Go Ahead)」が彫られています。

民主主義者の行事

民主主義者の行事

19世紀の政治運動は、新しい共和国の多くのアメリカ人の身近で行われるようになった、7月4日(独立記念日)のパレードのような、一般向けの記念式典と祝祭の伝統を反映していました。党の能力を示す方法として、また無関心で簡単に注意が逸れる有権者を動員する方法として、大規模な政治運動が行われるようになりました。

白地に金のレタリングで「リンカーン万歳(Hurrah for Lincoln)」と記された、たいまつ

エイブラハム・リンカーンの大統領選での選挙運動により、夜間のたいまつを持ったパレードは、男女や子供の注目を集める前代未聞のスケールの完璧なエンターテイメントとして揺るぎないものになりました。1860年10月3日のニューヨーク市での大行進は、市内の民主党員の間に羨望を生み、彼らの言葉を挑発と受け止めた南部の支持者の間に混乱を巻き起こしました。